韓国政府が10月、例によって石破総理の靖国神社供物奉納にケチをつけ、歴史を直視せよと上から目線で言ってきました。
歴史を直視すべきなのは韓国のほうだと思います。彼らは公式の歴史観に合わない都合の悪い事実を一切見ようとしないし、学校でも教えません。例えば下記です。
歴史を直視すべきなのは韓国のほうだと思います。彼らは公式の歴史観に合わない都合の悪い事実を一切見ようとしないし、学校でも教えません。例えば下記です。
★ 靖国神社には朝鮮独立の英雄が1万3千柱以上も祀られている。
★ 日本のおかげで清から独立でき、若い女性を献上する屈辱から解放された。
★ 李王家の王子たちは大日本帝国陸軍の将校であり、皇族方とともに靖国参拝していた。
★ 朝鮮人英霊には王子も陸軍中将も。
★ 朝鮮で徴兵が実現する過程で、嫌がる陸軍に在日が強く働きかけていた。
★ 王子は、徴用は当然の義務だと論じた。
★ 靖国参拝非難は、戦後40年もたって言い始めた程度のこと。
それでは見ていきましょう。まずは朝鮮が独立した経緯です。日清戦争の講和条約である下関条約は、その第一条で、清は朝鮮が完全な独立国であることを確認するとし、これによって朝鮮は清の支配から解放されて独立しました。正確には、「清国は朝鮮国の完全無欠なる独立自主の国たることを確認す。因って右独立自主を損害すべき朝鮮国より清国に対する貢献典礼等は将来全く之を廃止すべし」となります。読んで字のごとくで、他の解釈が入り込む余地はありません。
独立のあとソウルでは、清の使者を迎えるための迎恩門が取り壊され、いまも残る独立門が建てられました。歴代の朝鮮王朝は、中国の支配者に若い女性を献上する「貢女」をさせられる屈辱に耐えてきましたが、伊藤博文公が下関での談判で終わらせたのです。その裏で、1万3千人以上の皇軍将兵が日清戦争で命を落とし(戦病死の割合が高い)、靖国神社の英霊となりました。
独立のあとソウルでは、清の使者を迎えるための迎恩門が取り壊され、いまも残る独立門が建てられました。歴代の朝鮮王朝は、中国の支配者に若い女性を献上する「貢女」をさせられる屈辱に耐えてきましたが、伊藤博文公が下関での談判で終わらせたのです。その裏で、1万3千人以上の皇軍将兵が日清戦争で命を落とし(戦病死の割合が高い)、靖国神社の英霊となりました。
ところがこれほど重要な事実を、韓国は見ようとしません。独立を与えてくださった大恩人を無視して、なにが儒教だと言いたくなります。本来であれば韓国政府による非難は、「なぜ日本の首相は靖国神社を公式参拝しない? 日清戦争の英霊に失礼じゃないか!」であるべきです。
昔はマトモで、李王家当主の李垠殿下(梨本宮方子女王殿下と結婚)、王子の李鍵殿下と李鍝殿下は陸軍士官学校に進み日本陸軍の将校となりました。李垠殿下は陸軍中将にまで昇進し、李鍵殿下は戦後日本に帰化して桃山さんという日本人になっています。3人の殿下は何度も靖国参拝をしていて、例えば昭和15年4月の臨時大祭のときに秩父宮雍仁親王殿下や三笠宮崇仁親王殿下とともに写った写真が下記になります。写真は他にもあります。
イケメンで知られた李鍝殿下は昭和20年8月に広島で戦死し、靖国神社の御祭神となりました。殿下だけでなく、靖国神社には洪思翊中将を含む多数の朝鮮半島出身の御祭神が祀られています。王族だけでなく、一般の朝鮮人でも陸軍中将になった人物がいたことは、今の韓国の歴史観ではあり得ない話です。
韓国政府は、平成25年に安倍総理が靖国参拝をしたときの声明で、朝鮮で短期間行われた徴兵についても非難しました。ところが、徴兵実現のため強力なロビー活動を展開したのは在日朝鮮人である事実を見ようとしません。
記録はすべて帝国議会議事録に残っています。昭和12年に、在日朝鮮人有志による「朝鮮に志願兵制度施行の請願」を、東京府第4区選出の朴春琴衆議院議員が衆議院請願委員会で紹介議員として取り上げ、「内地七千万人の持つ日本精神を、新日本国民である朝鮮二千万人に対して一日も早く植え付け、九千万が一体となってこの非常時を突破しなければならぬ」と力強く演説しました。これに対して比佐昌平政府委員は、「本案に対する陸軍の意見を申し上げます。帝国の国防に内鮮人の区別なく一致これに当たらんとするの趣意は大いに歓迎するところであります」としながらも、「朝鮮に対して直ちに内地の徴兵制度を実施せんとするはその時期に達せざるのみならず、兵員募集上においても差し当たってその必要を認めませぬ。なお徴兵制度施行の前提として志願兵制度を実施すべしとの案に対しても、これまた未だその時期尚早と認めております」と拒否する答弁をしています。
ところが徴兵は、終戦前年に実現しています。その背景に、在日朝鮮人の請願や朴議員の後押し、朝鮮志願兵の競争倍率が数十倍に達したことなど、朝鮮側の熱意があったことは間違いないでしょう。そもそも、在日朝鮮人が東京の選挙区から民族名で出馬して衆議院議員になり、熱烈な愛国的演説を行っていたことも、韓国が押し付けてくる歴史観では考えられないことです。
ところが徴兵は、終戦前年に実現しています。その背景に、在日朝鮮人の請願や朴議員の後押し、朝鮮志願兵の競争倍率が数十倍に達したことなど、朝鮮側の熱意があったことは間違いないでしょう。そもそも、在日朝鮮人が東京の選挙区から民族名で出馬して衆議院議員になり、熱烈な愛国的演説を行っていたことも、韓国が押し付けてくる歴史観では考えられないことです。
安倍総理参拝への韓国政府の声明は、徴用についても非難しました。一方、前述の李鍝公殿下は、昭和十七年頃に「日本の戦争と統帥」と題した論文を著し、その中で国民の義務について、「国民はすべて輔翼の責を持っている。富貴貧賤は論ずる所にあらず、農民は農民として、漁夫は漁夫として、各種の業者皆それぞれの輔翼の道がある。これと並行して、すべての国民は、国を統べ給うその命に畏み服し、行ってゆかねばならない」と述べています。国民には権利とともに義務があるとの殿下の見解は、当然のことではないでしょうか? 実際に、今の韓国には納税の義務だけでなく兵役の義務もあります。当時は大日本帝国の臣民だったわけですから、内地人(日本民族)に比べて軽かったものの、ある程度の義務があったのは当たり前の話です。
そして最後に、靖国参拝非難は昭和60年になって中国が言い始め、全く歴史的背景が異なる韓国が便乗しただけであることも、いまの韓国政府にとって不都合な真実です。昭和60年といえば戦後40年目であり、不当にも「A級戦犯」とされた人が合祀されてからでも相当時間が経過しています。戦後、天皇陛下の御親拝は8度あり、総理大臣の参拝は数え切れないほどです。私たち日本人の魂への攻撃といっていい靖国参拝非難は、実はこの程度のことなのです。
慰安婦問題同様、靖国参拝についても、韓国の良識ある知識人から「みっともない。もうやめようよ」の声があがることを期待したいものです。

千万のわざにたけてもなにかせむ
身のおこはひのただしからずば
(明治天皇御製)
口語訳:人としての行いが正しくなければ、高い技術を誇ったところでどれほどの価値があろうか。


