9月17日で、金正日が日本人拉致を謝罪した日朝首脳会談から20年となります。5人の拉致被害者は帰国できましたが、その後膠着状態が続いたままです。時の流れは残酷なもので、日本では家族がどんどん亡くなっています。10年前にドミニカ大使面会にご一緒させていただいたとき、横田滋さんはまだ元気でした。終わったあとに寄った広尾の喫茶店では、もう少ししたら娘と再会できるという希望で明るい表情でした。その滋さんが亡くなってもう2年となります。

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「なんとか事態を動かさないと」の一心で、朝鮮総連への破産申立てや金正恩への制裁、総連幹部への制裁を訴えてきました。これらは日本独自の制裁なので、交渉カードになります。要は、「拉致被害者を解放するなら解除してやってもいい」という取引材料になるのです。

それとは別に日本政府は、金正恩を追い込んで誘導するために人権侵害・人道に対する罪(人道犯罪)の刑事責任追及にも積極的に取り組むべきです。北朝鮮が人権問題を非常に気にしていることは、内部事情を知り尽くした元駐英公使の太永浩氏が著書『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』(文藝春秋)に詳しく書いています。金正日自身が、スウェーデンのパージョン首相との会談でEUとの人権対話を約束したうえで、どうやって長引かせて誤魔化すか研究しろと部下に命令しているのです。

金正恩への人権問題のプレッシャーは、金正日・パージョン会談の2001年とは比べものにならないレベルです。安倍総理の決断で日本は国連調査委員会(COI)を設置させ、北朝鮮の人権侵害が人道犯罪のレベルに達していると認定させたのです。そのうえで日本は2014年、国連人権理事会と国連総会で提出国として「安保理は北朝鮮人道犯罪を国際刑事裁判所に付託せよ」との決議を採択させました。金正恩は、ヒトラー、スターリン、イディ・アミン、ポル・ポトらと並ぶ人道犯罪者であると、国際社会で正式に決定したのです。権力を失えば金正恩は、ハーグの国際刑事裁判所に立たされ、ゲッソリ痩せた姿で終身刑の判決を聞くことになります。権力を失わなかったとしても、精神的な圧力は相当なものがあります。

金正恩の刑事責任追及の声が高まれば、金正日がやったように、金正恩も誤魔化すための手を打とうとします。しかし国連で認定された今となっては、EUとの人権対話程度では何の役にも立ちませんし、体制存続のカギである強制収容所も廃止できません。そこで残された手はなにかと考えたとき、日本人拉致被害者の解放となります。金正恩を追い詰めれば、拉致被害者を救出できるのです。

誠に残念ながら日本は、正反対の行動をとってしまいました。甘っちょろい一部官僚が、北朝鮮を刺激しなければ拉致被害者を返してもらえると思い違いしたようで、2019年に北朝鮮人権非難決議の提出国から一方的に下りてしまいました。むろん、何の成果も生まなかったばかりか、北朝鮮にバカにされて終わりでした。9月15日に北の宋日昊大使は、またもや拉致問題は解決済とする談話を発表しました。

それでも政府は提出国復帰の面倒から逃げていて、国会質疑では紛らわしい「共同提案国」の話で誤魔化そうとしました。今年4月13日の衆議院外務委員会における松原仁先生の質疑が下記になります。


〇松原仁議員:さて、我々は、北朝鮮の人権非難決議、今、提出国から外れていますが、戻るつもりはありますか。

〇股野元貞外務省大臣官房参事官:お答え申し上げます。
拉致問題は岸田内閣の最重要課題でございまして、拉致被害者の御家族も高齢となる中、拉致問題の解決には一刻の猶予もないという状況でございます。
こうした中で、拉致問題の解決に向けたメッセージを国際社会が継続して発出することの重要性や、北朝鮮をめぐる諸情勢を総合的に勘案した結果、本年四月に国連人権理事会において採択された北朝鮮人権決議について、共同提案国となることとしたところでございます。
現時点で、今後の北朝鮮人権状況決議への対応についてはまだ決まっておりませんが、我が国として、諸情勢を総合的に勘案しつつ、適切に対応してまいりたいと考えております。

〇松原仁議員:共同提案国じゃなくて提出国になるべきだということを強く申し上げておきます。また、あわせて、大臣、やはり金正恩に対する資産凍結に関しては、研究を始めるというぐらいのことはしてもらいたいというふうに思っております。


外務省の股野参事官が話を出した「共同提案国」は、提出国が打診してきた決議案に「賛同して名前を連ねてあげるね」という程度のことです。対北朝鮮決議では多数の国が名前を連ねます。いっぽう日本がEUと共同で提出国だったときは、日本が決議案を起案していたのです。

実は2014年の国連人権理事会決議の前、日本外務省の草案が弱すぎる内容だとEU国外交官が怒り、草案をリークしてくれました。私も「責任追及の重要性を強調する」という腰の引けた草案をみて腹を立てました。そこで拉致議連の先生方にお願いして、強い内容に書き換えさせてもらった結果が、上記の「国際刑事裁判所に付託せよ」なのです。このように、決議案を書く提出国には強い権限があります。

岸田政権は「拉致は最重要課題」と繰り返し言いますが、なにもやっていません。打つべき手が多数あるのに、打っていません。この調子では実現は核実験後になりそうですが、金正恩刑事責任追及、朝鮮総連破産、金正恩独自制裁、総連幹部への独自制裁などの具体的な施策を、引き続き訴えていきたいと思います。



Emperor Meiji uniform
わたつみの波の千尋の底までも
てりとほるらむ秋の夜の月
(明治天皇御製)