松原仁先生が衆議院外務委員会で4月13日、「対北朝鮮国連決議の提出国に復帰せよ」と求める質疑を行いました。提出国復帰は拉致問題関係者や新旧の国連特別報告者、国際人権団体が求めてきたことです。一方的譲歩がなにも生まないことが明確になった今、岸田政権は決断すべきです。

日本は2018年まで、EUとともに国連総会や国連人権理事会に北朝鮮人権非難決議を提出する提出国であり、日本外務省が決議案草稿を起案していました。草稿を書く「ペンホルダー」だったからこそ、山谷えり子先生らの働きかけで2013年、北朝鮮人権侵害を調べる国連調査委員会(COI)設置を国連人権理事会で決議できました。さらにCOI報告書の「人道に対する罪」認定を受けて2014年、安保理に対して国際刑事裁判所付託を求める強烈な決議を採択させました。北朝鮮外交官が示した激しい反応は、極めて効果的だったことを証明しています。脱北した元駐英公使・太永浩氏も著書『北朝鮮外交秘録』のなかで、北朝鮮が人権問題追及に非常に苦慮していた様子を描いています。

ところが日本は2019年、北朝鮮が拉致問題でなんら意味ある行動をとっていないのに、一方的に提出国を降りてしまいました。英米仏など普通の国にしか通用しない相互主義の発想で、譲歩すれば北朝鮮も誠意を見せるだろうと期待したのだと思います。しかし北朝鮮ウォッチャーの多くが予想したとおり、何も起きませんでした。北朝鮮は、「チョッパリは簡単に騙せる」と腹を抱えて笑ったはずです。逆効果でしかありませんでした。

2020年に国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が中心となり、日本政府に提出国復帰を求める共同書簡をまとめました。「金正恩政権への圧力を和らげても、人権状況の改善や拉致問題の解決が実現する見込みはありません。むしろ白旗は、北朝鮮の虚勢に助け船を出すことになります」と訴えるものです。これには拉致問題関係者のほか、以下の著名人らが名前を連ねました。

・ トマス・オヘア・キンタナ国連特別報告者(現職)
・ 李ヤンヒ国連ミャンマー問題特別報告者(当時現職)
・ デビッド・オルトン卿(イギリス貴族院議員・イギリスの北朝鮮政策に強い影響力を持つ)
・ マルズキ・ダルスマン元国連特別報告者(元国連調査委員会委員)
・ ソニア・ビセルコ元国連調査委員会委員
・ ウィティット・ムンタボーン元国連特別報告者

共同書簡は2020年2月13日、増元照明さんとHRW日本責任者、私の3人で外務省人権人道課長に面会して手交して、産経新聞が報じました。
ご参考までに共同書簡の日本語版を下にコピーします。

また松原先生は2020年3月、「北朝鮮人権状況決議案の提出国復帰を見送ったことに関する質問主意書」を提出して政府を質しました。

残念ながら政府は、昨年末の国連総会でも本年3月の国連人権理事会でも、提出国に復帰しませんでした。賛同を示す共同提案国に加わっただけです。北朝鮮に誤ったメッセージを送り、拉致被害者救出を妨げたと言わざるを得ません。

本年末の国連総会で提出国に復帰し、金正恩個人の刑事責任を追及する厳しい内容の決議を採択させるべきです。北朝鮮に通じる言語は圧力しかありません。


yokotamegumi


北朝鮮人権問題に関する日本政府の近時の関与低下に関する公開書簡

内閣総理大臣 安倍晋三殿

国連人権理事会の3月の会期に先立ち、54の非政府組織、連合体、および関係する個人を代表し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)における人権問題について日本政府が最近関与を弱めていることについて、書簡を差し上げる次第です。

まず私どもは、日本政府が、安倍総理のリーダーシップのもと、2013年の北朝鮮人権状況国連調査委員会の設置決議や、その調査結果受入れに関する決議など、国連人権理事会における北朝鮮決議の主提案国として果たしてきた重要な役割を認識しております。調査委員会は、北朝鮮政府が同国民への人道に対する罪(超法規的処刑、拷問、組織的なレイプなどの残虐行為)を多数犯したことに加えて、日本人を含む外国人に対しても過去において拉致などの犯罪を行ったと結論づけました。

日本政府のリーダーシップの後押しを受けて、2014年から2017年にかけて国連安全保障理事会で北朝鮮の人権状況について討論がおこなわれるなど、北朝鮮政府に対する前例のない国際的圧力が維持されました。国連で北朝鮮への注目が集まったことで、北朝鮮での人権侵害と、地域および世界の平和と安全保障との間の密接なつながりも、ある程度焦点化され、北朝鮮政府に対して、国連メカニズムと協力し、拉致問題を含めた人権問題を解決するようにとの圧力が改めてかかりました。こうした事態の前向きな進展は、安倍総理のリーダーシップと日本政府の尽力なしには実現できないものでした。

こうした経緯を踏まえますと、私どもは昨年2019年、日本政府が人権理事会における北朝鮮人権決議案の共同提出を見送るとの決定に大いに当惑しました。菅官房長官は2019年3月、「(2月末の)米朝首脳会談の結果や、拉致問題などを取り巻く諸情勢を総合的に検討した結果」、政府として方針を変更したと述べるとともに、北朝鮮の人権状況の改善を追求していくことは変わらないとも付け加えました。同日付の朝日新聞は、日本政府関係者の発言を引用するかたちで「『人権について国際社会から批判されることを北朝鮮は嫌がっている』と説明。非難決議案の見送りは『北朝鮮の態度を変えるため、試す価値がある』と話した」と報じています。また総理は2019年5月に、北朝鮮の最高指導者の金正恩・朝鮮労働党委員長に前提条件を設けずに直接向き合うと表明し、拉致問題に進展がなければ首脳会談は行わないという従来の方針を転換されました。

北朝鮮政府は、国内人権状況の批判に対し、敵対的な反応をすることが多いことは、私どもも承知しています。しかし、金正恩政権への圧力を和らげても、人権状況の改善や拉致問題の解決が実現する見込みはありません。むしろ白旗は、北朝鮮の虚勢に助け船を出すことになります。代償を払うことなく人権侵害を継続できるというメッセージを送ってしまうのです。

対話と公的な人権批判は排他的な関係にはありません。私どもは、北朝鮮の人権問題を提起し続けることは、日本人拉致問題の解決を進展させるため実際上不可欠だと考えます。国連調査委員会がしたように、拉致を残虐行為と示すことで、日本政府は北朝鮮政府に対し、自国の行為に向き合うよう説得できます。調査委員会報告書に対する北朝鮮政府の反応は、金正恩委員長が自国政府の人権状況の報告にきわめて敏感であること、また同氏に批判を受け止めさせるには、そうした圧力の継続がきわめて重要であることの証左です。対照的に、国際的な圧力が和らいでいることで、北朝鮮政府は、あの劣悪な自国の人権状況を改善しないことで負う政治的コストが緩和されています。

また、国際社会の関心事である朝鮮半島の非核化実現には、人権面での進展が当然必要です。外交政策専門家や宗教指導者、人権活動家がたびたび指摘しているように、人権と武器不拡散への取り組みは密接不可分であるからです。

北朝鮮の人権状況に関する国連特別報告者であるトマス・オヘア・キンタナ氏は2019年10月24日、国連総会で発言し、各国政府に対し、交渉では人権問題を棚上げすることなく、北朝鮮との建設的な対話の道を探ることを求めました。氏は「基本的人権を現在の交渉に統合することは、朝鮮半島とそれを超えた地域に非核化と平和をもたらす、あらゆる合意を持続させるうえできわめて重要である」ことに留意しました。

私どももまったく同意見です。

私どもは安倍総理に対し、近時の方針を修正し、北朝鮮に関する今年の国連人権理事会決議には主提案国として戻るとともに、同国政府との交渉で人権問題にプライオリティを置いて、日本がこれまでとってきた北朝鮮に関する人権重視外交を再び高く掲げるよう、強く要請する次第です。

本件についてご検討いただきますようお願いいたします。また総理スタッフと詳しく協議する場をいただければ幸いです。

敬具


Emperor Meiji uniform
あらし吹く世にも動くな人ごころ
いはほにねざす松のごとくに
(明治天皇御製)